目のトラブル・病気

糖尿病・高血圧

これは私の右目の眼底写真です。視神経乳頭、動脈、静脈といった血管、黄斑という光や色を感じる場所がわかります。

目は「心の窓」だけではなく、「体の窓」でもあります。それは、眼底(目の奥)の血管は、体の中でただひとつ直接に観察できる血管であるためです。最近、健康診断でも行われるようになった眼底検査(まぶしい光で目の中の写真を撮る検査です)では、緑内障や眼底出血などの目の病気だけではなく、高血圧や糖尿病、動脈硬化など全身の病気と関係する変化を調べることができます。

眼底検査(眼底写真撮影)です。異常があると、眼科での要精査になります。

散瞳による眼底検査

眼科では、ミドリンPという目薬を使い散瞳(さんどう)を行います。人間の目は明るいところでは縮瞳(しゅくどう)といって瞳を閉じます。目の中に入る光の量を減らすためです。真っ暗な目の中を検査するためには光を入れなければいけませんが、光を入れると縮瞳してよく見えなくなります。そこで目薬で瞳を開きっぱなしにして検査します。

(実際のところ、散瞳しなくても眼底をみることはできますが、眼底の周辺部という端の方は散瞳した方がよりはっきり見えますし、拡大して細かく見るためには散瞳の検査が必要です)。目薬は30分くらいで効果がでます。痛くもかゆくもないですが、検査の後6時間くらいたいへんまぶしくなりますので、車の運転は控えてもらいます。(夜でもヘッドライトがまぶしいのでおすすめできません)


眼底の血管からわかる全身の病気

高血圧

血管が細くなる:血管(動脈)が細くなったり太さが不均一になります。

高血圧で細くなった血管(眼底写真)

グラフ:高血圧者の割合

血圧とは、血液が流れる際に血管にかかる抵抗のことです。血圧が高いと血管の壁に負担がかかり、それに対抗するために硬くなります。これが動脈硬化です。動脈硬化が進行すると、血管の内腔は狭くなり、血管が流れにくくなり血圧が上がります。眼底検査で、この細くなった血管を直接見ることができます。

全国の30歳以上の男女を調査対象とした調査(第5次循環器疾患基礎調査)では、男性 は51.7%、女性では39.7%が高血圧との結果でした。(右表)


表:高血圧診断基準
高血圧の診断基準

日本高血圧学会(JSH)の最新の高血圧治療ガイドライン(JSH2004)でも今までの基準を踏襲して、「くり返しの測定で最高血圧が140mmHg以上、あるいは、最低血圧が90mmHg以上」であれば、高血圧と診断されます。


眼底検査では…

網膜血管に見られる変化は、動脈が細くなる狭細化〈きょうさいか〉と、一本の動脈に細い部分と太い部分ができる口径不同という現象です。

検査では、動脈の細さと口径不同、その他の変化で4段階に分類します(Scheie分類・H所見)

治療は、目に対する特別な治療はありませんので、内科での全身の治療を行います。しかし、目の経過を見ていくことにより治療効果の判定が可能ですので、定期的な受診をおすすめします。

動脈硬化

血管が硬くなる:血管の交叉部分に異常が出るのと、血管の反射が強まるサインが出ます。

動脈硬化をおこしている血管(眼底写真)

高血圧の状態が続くと血管の壁が硬くなります。それが動脈硬化です。眼底の血管を見ることで、全身や脳の血管の状態を推測できます。動脈硬化が進行し、血管がどんどん細くなると最後は血流が途絶え、その先に血が行かなくなります。これが脳でおこると脳梗塞、心臓で起こると心筋梗塞になります。

眼底検査では…

正常

動脈硬化

網膜血管に見られる変化は、血柱反射の亢進といって、血管の中を流れる血液の反射の状態が変化します。進行すると動脈が銅線や銀線のように見えます。また、動脈と静脈の交叉する場所の状態を見ると、動脈硬化の程度がわかります。

検査では、血柱反射の程度と動静脈交叉現象で4段階に分類します。(Scheie分類・S所見)

治療は高血圧と同じで、全身の治療のみです。高血圧治療の目標は単に血圧を下げるだけでなく、高血圧に伴う動脈硬化による心血管系の合併症を予防することにあります。塩分・脂肪の過剰摂取、喫煙、肥満、運動不足など、多くが日常生活の様式(ライフスタイル)に関係しています。高血圧治療というと薬剤(降圧剤)をすぐに思い浮かべるかもしれませんが、本態性高血圧においては、ライフスタイルの改善が基本的に重要だと思います。


少し難しい話ですが…
そもそも高血圧は全身の細動脈に刺激が加わり平滑筋という血管の周りの筋肉がちぢむことで細くなり、血管の中を流れる血液の流れにくさ(抵抗)が強まり、さらにそれに負けないように心臓が強く拍動して血圧が上がります。ですので、細動脈である網膜の動脈も最初はこの筋肉の働きで細くなります。初期の段階では、筋肉が緩めば血管の太さは戻りますので、適切な治療で血圧が下がれば、血管が元の状態に戻る可能性があります(H所見)。しかし、血管が細くなった状態が長く続くと、血管の壁が硬くなってしまい、動脈硬化になります。動脈硬化は血管自体の元に戻らない変化(不可逆変化、S所見)ですので、いったんなってしまった場合は、さらに悪くならないことを目指します。

糖尿病

血管の周りから血がしみでる:血管のこぶや小さな出血、血液の染み出しによる変化が見られます。

糖尿病の人の眼底写真

糖尿病は、尿の中に糖が出てくる病気として知られておりますが、実際は血液の中に含まれる糖の濃度が高い状態が長く続く病気です。食事で摂取した糖質(ごはん、パン、お菓子、果物など)は消化され、そのほとんどがブドウ糖となり、体のいろいろな細胞(脳、筋肉、肝臓など)に取り込まれて、エネルギー源として働きます。ブドウ糖は細胞に取り込まれる時に、インスリンというホルモンを必要とします。このホルモンの量が少なくなったり、働きが十分でないと血糖がスムーズに細胞内に入っていけなくなり、その結果血糖値は高くなります。

糖尿病の症状は気づきにくく、血糖値が多少高いくらいではまったく症状のない人がほとんどです。自覚症状がないからと糖尿病を放置していると、高血糖が全身の様々な臓器に障害をもたらします。高血糖が続くと血管に多くの負担がかかります。細かい血管の密集している目の網膜は高血糖の影響を非常に受けやすいのです。

わが国の糖尿病患者の実態

下の表を見ると平成14年では、糖尿病の可能性のある人を含めると1620万人、国民10人に約1人の割合です。また5年前の調査に比べて明らかに患者さんの数が増えているのがわかります。(平成14年度糖尿病実態調査報告)

糖尿病有病者の推計:
平成14年 平成9年
糖尿病が強く疑われる人 約740万人 約690万人
糖尿病の可能性を否定できない人 約880万人 約680万人
糖尿病が強く疑われる人と糖尿病の可能性を否定できない人の合計 約1,620万人 約1,370万人

平成14年は、平成14年10月1日の我が国の推計人口を用いて算出している。
平成9年は、平成9年10月1日の我が国の推計人口を用いて算出している。

診断基準

糖尿病は空腹時の血糖値が126mg/dL以上と定義されています。

診断基準グラフ

三大合併症
グラフ:糖尿病網膜症があると答えた人の割合

眼の網膜、腎臓、神経は障害を受けやすく、

は糖尿病の「三大合併症」と呼ばれています。網膜症が起こっても最初は自覚症状はありませんが、進行すると失明に至ることがあります。年に約3000人の方が失明しており、失明の原因として第一位です。腎症も最初は少量のタンパク尿が出るだけですが、徐々に体内に水分や毒素がたまるようになり、最終的には人工透析にたよることになります。神経障害が起きると、しびれ、痛み、感覚鈍麻(どんま)、発汗異常、勃起障害などが起こります。また、高血糖によって動脈硬化が進むため、狭心症、心筋梗塞、脳梗塞が起こる率が高まり、また足の血管の閉塞や壊疽により足を切断しなくてはならなくなることもあります。

先の調査によると、60歳以上の糖尿病の可能性のある人の約10%に網膜症を認めております。

眼底検査では…

高血糖による影響で破綻した血管からの大小様々な出血が起こります。また、血の塊(血栓)で血管が閉塞し、その部分を栄養する網膜は虚血という状態になり白色斑が現れます。さらに虚血が進むと新生血管という不完全な血管が生え、増殖膜という膜が作られます。また、黄斑部という物を見る部分にも水ぶくれのような変化(浮腫)が出ることもあります(糖尿病黄斑症)。 進行の程度により

に分かれます。

眼底写真:単純網膜症

単純網膜症:毛細血管瘤

眼底写真:前増殖網膜症

前増殖網膜症:軟性白班

単純網膜症 (SDR : sinple diabetic retinopathy)

最初の段階で、血管のこぶ(毛細血管瘤)、血管の壁から血液がしみ出た結果の小さな出血が見られます。また血液の中の血漿(けっしょう)成分という液体成分が染み出ると、硬性白斑という点状の沈着物が出てきます。この段階ではほとんど自覚症状はありません。

前増殖網膜症 (prePDR : preproliferative diabetic retinopathy)

この段階では、血管が詰まり網膜の一部に血液が流れていない虚血部がでてきます。血液が不足している部分は白いシミのような変化(軟性白斑)が起こったり、血管がふくれたり、変形や蛇行したりなどの異常な状態の部分が見られます。この段階でも、黄斑部という物を見る場所に変化がない限り、症状はないことがほとんどです。

眼底写真:増殖網膜症
増殖網膜症 (PDR : proliferative diabetic retinopathy)

血管の障害により、血液がこなくなった網膜は死んでしまいますので、なんとか新しい血管を作り血液を得ようとします。いっけん良いような気がしますが、この血管は新生血管と呼ばれ、たいへんもろくすぐに破けて出血します。出血は少量の場合もありますし、目の中が血だらけになることもあります。また、新生血管の周りに増殖膜とよばれる膜ができます。この膜はちぢむ性質がありますので、網膜を引っ張り網膜はく離を起こすことがあります。


眼底写真:糖尿病黄斑症

糖尿病黄斑症:黄斑浮腫

糖尿病黄斑症

糖尿病の患者さんのおよそ9%の方には黄斑症が起きているといわれています。眼底のほぼ中央にあり、ものを見る細胞が密集しておりますので視力にとってとても大切な場所です。この部分の網膜がむくむ(浮腫)と視力低下を招きます。一部分に限局した浮腫(局所性浮腫)、黄斑を含む網膜に広がっている浮腫(びまん性浮腫)、網膜の中の神経線維層に浮腫が進行したタイプ(嚢胞様黄斑浮腫)があります。


レーザー凝固術

レーザー凝固術後の眼底

治療の基本は血糖コントロールです。初期の段階なら血糖値が改善すると網膜症も軽快することもあります。虚血部分がでてきたら、レーザー光凝固を行います。血液の行かない網膜を焼いてしまい、血液の必要量を減らします。レーザーで焼く部分の網膜はあまり物を見るのに関係していない部分ですので、このような治療が可能です。世界中の調査でもレーザー治療の有用性は証明されています。

硝子体手術

高度に進行し、大出血や網膜はく離が起こった場合は硝子体手術と呼ばれる、目の中の手術が必要になります。また、新生血管が虹彩という部分にできると血管新生緑内障という目の圧が上がる状態になります。この場合は緑内障の手術が必要になります。